祝?百舌鳥・古市古墳群世界遺産認定!

久々の外来スタッフです!

 

皆様、7月6日大阪府で初の世界遺産に『百舌鳥・古市古墳群』が登録されましたね!

近隣の方々は、当然ご存じだとは思いますが、遠く離れた所からのブログの読者さまに向けて、古墳のことについて語りたいと思います♪

 

古墳の難しいお話は、ネットかウィキぺディアで調べてもらうとして(^_^)v

実は、青山病院の近隣には遺跡・古墳がいっぱい!

病院のすぐ横には青山古墳・峰塚古墳・野中古墳などがあり、グーグルマップで見てみると、こんな感じに点在しています。

 

この状態は他の地域の方々から見るとかなり異質な状態だそうで、娘の友達などはこれを見て必ず『なにこれ〜〜〜!』と驚くそうです。

地域の観光地図はこちら

 

とはいえ、現地に住む私達は特別なことはなく、

 

・発掘調査をしてない所に家を建てるときは、発掘調査で何も出ない事を必死で祈っている←出たら家は建てれない

・調査して土器の欠片とか出るのは普通←たいていOK

・お堀の蚊の発生に毎年悩まされてる←カメも来る

・古墳からカラスやタヌキがやってくる←退治できないからやりたい放題

 

と、いった困ったあるあるもあるのですが、

・宮内庁の管轄なので、隣が古墳なら建物が建つことはなく、見晴らしがいい

・緑ゆたかな景色は和む

 

 

あ、あれ? あんまり良いことないかも(^_^;)

 

そんな自然ゆたかな環境で、青山病院はがんばっております。

大阪府もアピールをがんばっているようで、観光案内などお知らせも入るようになりました。

 

お堀ではないのですが、青山病院からみる夕景が、とでもきれいで気に入っています!

最後にこの写真で締めたいと思います♪

 

 

 

 

 

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    わが町藤井寺.廛蹈侫ール

    わが青山病院は、藤井寺市野中の国道170号線沿いにあります。

    藤井寺市は大阪府の南河内地方にあり、羽曳野市、柏原市、松原市、八尾市の4市に囲まれた、山林のない平坦な地域で、大阪府で面積が一番小さい市です。

    「藤井寺市」の誕生日は昭和41年11月1日
    市の木は「梅」、市の花は「菊」

    電車は、近鉄南大阪線と道明寺線が通っています。
    駅は、藤井寺、土師ノ里(はじのさと)、道明寺の3駅があります。

    人口は65,159人(平成30年2月28日現在)
    大きな産業はなく、古墳に囲まれた水と緑豊かなベッドタウンです。
       

    プロ野球の球団、近鉄バッファローズがあったころは、駅近に藤井寺球場があり、試合のある日は駅に人があふれ熱気と活気でごった返ししていたことが懐かしく思い出されます。

    何よりも、藤井寺市の一番の魅力は『歴史の街』であることです。

    大阪府、堺市・羽曳野市・藤井寺市合同で百舌鳥・古市古墳群として世界(文化)遺産登録を目指しています。今回4度目にして日本の推薦候補に決まり、来年の登録目指して整備を推し進めています。

    藤井寺は、旧石器時代より文化の栄えたところで、縄文、弥生、古墳時代を通じて多くの遺跡が見られます。

    旧石器時代から中世に至る複合遺跡「国府遺跡」国の史跡指定を受け、保存されています。ここは我が家から徒歩1分です。

    5世紀ごろには巨大な古墳が数多く築造されました。
    城山古墳、 古室山古墳、鍋塚古墳、助太山古墳
    大鳥塚古墳、赤面山古墳、鉢塚古墳、墓山古墳

    国の史跡指定を受け、保存されています。

    三ツ塚古墳周濠から2基の巨石運搬具「修羅」が発掘されました。
    修羅については次回写真とともに説明します。

    7世紀ごろには、河内と大和を結ぶ長尾街道竹ノ内街道などが幹線道路として栄えていました。
    渡来系氏族によって仏教文化がもたらされ、井寺(ふじいでら)道明寺(どうみょうじが建立されました。

     

    今回は、プロフィールでした。

    次回は、楽しい藤井寺をお届けします。

     

     

    藤井寺市の住民で、藤井寺市と青山病院を愛する

    管理部のUでした。



     

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      藤井寺市民まつり

      9月22日 日曜日 午前9時〜18時 
      藤井寺市立スポーツセンターにて
      第34回藤井寺市民まつ(しゅらまつり)が開催されました
      毎回約3万人が訪れているそうです。

      メインステージ・サブステージでの出し物
      縁日、物産市、フリーマーケット、PRコーナーなどなど
      祭りの締めは、櫓を囲んで河内音頭、藤井寺市民音頭

                 
       
       

       




      生米からポン菓子ができるまでを見学しました。
      出来立ては美味しいですね。

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        青山病院と古代史?

         わが青山病院は、古代史好きの方にはたまらないほど魅力的な地域に立地しています。

        そもそも青山というのは地名から名付けられました。

        この地域一帯は、「古市大溝(ふるいちおおみぞ)」という遺跡の跡です。
        ここは古代の「青山緑地」にあたります。

        そして病院のすぐそばには「青山古墳」があります。

        青山古墳


        また屋上から周辺景色を眺めると、たくさんの緑と古墳群、それに生駒山系と葛城山系の両方の山並が見渡せます。

        その一角に、かの有名な二上山が見えるのです。

        二上山




        古代史好きの方はよくご存じだと思いますが 、二上山は「大津皇子(おおつのみこ)」が埋葬されたお山です。



        そして大津皇子の姉の「大伯(おおく)皇女」が

        「うつそみの人なる我や 明日よりは 二上山を 弟背(いろせ)と我が見む
        (生きてるとは言えない私・・・明日からは あなたが眠る二上山を あなただと思って眺める暮らしです・・・)と詠んだお山です。


        こちらから見える二上山は、大伯皇女が眺めていたであろう大和地方から見る二上山とは、ちょうど正反対のかたちになります



        歴史話のついでに・・・(わが藤井寺の地ではありませんが

        大津皇子は、謀反の濡れ衣?を着せられ処刑されるときに辞世の句として「ももづたふ 盤余の池に 鳴く鴨を 今日のみ見てや 雲隠れなむ」(磐余(いわれ)の池に鳴く鴨を見るのも今日限りで、私は死ぬのだろうか)と詠みました。


        (これらの背景・古代史については知る人ぞ知るなので、説明は省略します


        そしてつい先ごろ、まさしくその歌に詠まれた「磐余の池(いわれのいけ)」日本書紀などに登場しながら所在地が分からなかった人工池です)の推定地が、
        奈良県橿原市東池尻町の遺跡から池底跡が見つかり話題になりました。



        磐余の池


        上の写真の青色部分がその「磐余の池」だそうです。

        そして赤色部分が、用明天皇(聖徳太子のお父さん)が湖畔の宮殿としていた磐余池辺双槻宮(いわれいけのべのなみつきのみや)があった場所だそうです。


        わが青山病院から、遠い遠い万葉の古(いにしえ)の時代に、思いが馳せられたままを記しました。



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